腕塚堂・首胴塚

ひよどり越えの逆落としで浮き足立った平家軍は、
西の鼻の関(=西城戸、須磨一の谷の西)も破られ敗走せざるを得なくなった。

腕塚堂
西城戸の総大将 平忠度は、戦いの中
腕を切り落とされた場所に腕塚として
その慰霊の十三重の塔が住宅の中にある。
ご自分で探していくのは至難の業で、
余程の人でないと神戸市民もその場所は知らない。
しかし、腕塚町という町名を知らない人は少ない。

@ 道路に面した一人通るのが
   やっとという小さな路地を
   抜けていくと
A 民家の裏庭から
   その一角が垣間見える

胴塚(首胴塚)

腕塚より約500メートル離れた街中の一角に
胴塚がある。(首胴塚とも呼ばれている。)
腕を切られた後、
ここまで、戦いながら移動してついに
討たれてしまった場所として
供養碑が建てられている。

@

A