三宮神社・河原兄弟社
生田神社を取り巻くように神戸市の中央区から兵庫区にかけて
一宮神社から八宮神社まである。



三宮センター街(三宮から元町にかけての
ショッピングセンター)
と旧居留地に挟まれた場所。
旧西国街道に面している。

生田川を挟んで平家と対峙した源氏の
軍勢は、川にかかった橋の逆茂木を
越えて渡ることができずに
膠着状態に陥っていました。
こんな中、
源氏の武将 武蔵の国の住人
河原太郎・河原次郎という兄弟が
名乗りを上げて討ち入りますが
弓矢で討たれてしまいました。
このことを聞いた源頼朝が、この地に
報恩寺を建立したと伝えられています。
この近辺に「馬塚」と呼ばれる
一緒に戦死した馬のお墓があったと
伝えられています。
河原兄弟社
河原兄弟墓所 (追谷墓地)
神戸事件発生地の碑と碑文
三宮神社の鳥居の側に神戸事件発生地の碑と碑文がある。
旧西国街道に面した地であったため
幕府直轄領尼崎藩の警備に赴任する
岡山備前藩の隊列の前を横切った英国人に対し、
藩士が、「無礼者」と切りつけて
負傷させる事件が発生。
一触即発で国家間の戦争に発展しかねない
状況となる。