祇園神社
平清盛は、貿易による国家の繁栄を願い、兵庫の港をその最適地と考え、 強風等から港の安全を守るため、埋め立てを敢行し、経が島を築いた。 その構想を練ったのが、この神社の裏山といわれている。 京都になぞらえて祇園神社と称し、現在も祇園祭が行われている。
祇園神社の境内より 望む 兵庫の街並み
この地一帯に 福原京の都が 築かれた。